1時45分に見た夢
今日は、とても印象的な夢を見ました!
ということで、今日は、その夢について話したいと思います^^
他人の「夢」なんて、
皆さん、あまり興味ないと思いますよね?(笑)
しかし、聖書において「夢」はとても重要な意味があるのです。
「夢」にも種類があります。
一つは、いわゆる深層心理を反映した夢です。
その日、心の中で考えていたことや経験したことが反映される夢であり、多くの人が見る夢です。
こういう夢って、すぐ忘れるし、特に意義を感じませんよね。
しかし、他にも、「神様からの啓示(メッセージ)」が現れた夢もあります。
「象徴的」な夢であり、見た後には強いインパクトが残る夢です。
僕も、神様を信じる前にも「なんの夢が分からないけど、めちゃくちゃ印象に残る」という夢を見ることはありましたが、摂理に来てから、そういう象徴的な夢を見ることがとても多くなりました。
具体的には、平均して、週に2,3日、多い時は4日見ます(驚)
神様の啓示についての夢は、聖書の比喩や象徴を手掛かりにした上で、自分の状況等を分析すれば解けることが多いです(ちなみに、これは自己流ではなく、鄭明析先生から学んだことです)。
有名な心理学者であるフロイト、ユングはそれぞれ夢分析を唱えており、理論としては面白いのですが、
正直では、個別具体的に夢を解くことなんてほぼ無理です(もしくは、どの夢もありきたりな解釈になる…)
摂理に来る前は、そういう象徴的な夢を解くことができなかったので、
“深層”心理をどう解釈しても、その夢から意味を見いだせず、心がもやもやしたまま過ごすしかありませんでした。
さて、前置きが長くなりましたが、僕が見た夢について具体的にお話したいと思います。
夢の説明に入る前に、僕の状況を少しお伝えすると、
僕は、ここ数年、午前1時に一旦起きて、近所の教会に祈りに行くことを習慣としています。
結構、驚きですよね?(笑)
もちろん、そういう行動をしている動機はちゃんとあります。
鄭明析先生が、毎日、午前1時~明け方まで、ずっと祈られているという話を聞き、僕もそのようにチャレンジしてみようと思ったからです。
午前1時から祈る習慣は、かれこれ2年近く続いていると思います。
さて、そういう1時から祈るという目標を達成するためには、12時45分くらいには目を覚まさなくてはならないのですが、
昨日は疲れて、ソファに倒れ込んでしまったので、その時間に起きれませんでした。
しかし、そうやって寝ている間、とても象徴的な夢を見ました。
夢全体の中でも、特に意味のある最後の部分だけを取り上げますね。
~夢の内容~
僕は、摂理の友人と一緒に、どこか目的地に向かうために、車に乗っているのですが、
午前2時に差し掛かるという頃、田舎の山道を通ることになりました(ここでいう午前2時というのは、夢の中の設定です)。
直線の道で、比較的遠くまで見渡せるような道なのですが、
暗い雰囲気で、一般的に「幽霊」が出てきそうな感じでした。僕は助手席、友人が運転をしていました。
友人が、車の時計で午前2時を過ぎたのを確認すると、緊張し始めました。
僕は「午前2時って世の中的には幽霊が出る時刻だから、怯えているのかな?」と思い、友人を力づけながら、
大声で賛美しました(僕自身は幽霊は怖くないです)。
しかし、その直後、問題が発生します。
道に、小さなイノシシが現れ、僕たちの車に突っ込んでくるのでした。
車はイノシシを踏み越える感じで、そのまま進みましたが、
今度は、通常の3倍はあろうかというくらいの大きなイノシシが助手席の僕の方に向かって突進してきました。
車は、このイノシシも踏み越えましたが、イノシシが大きかったので、車体が一瞬、宙に浮きました。
その直後、また同じ大きさのイノシシが、同じ態様で、僕の助手席あたりに向かって、前から突進してきました。
そのイノシシも踏み越えたのですが、前を見てみると、また同じ大きさのイノシシが、少し先から現れ、こちらに突進してきていたのでした。
4体目のイノシシが出現したあたりから、「あれ?おかしいな。こんな等間隔に、あんな大きなイノシシが現れることなんてないぞ。」と夢の中で、異変に気付きました。
そうした時、目を覚ましました。
時計を見てみると、1時45分。2時になる前でした。
摂理に来ていなければ、「イノシシ怖いな」という程度で、再び寝ていたところでしょうが、
僕はこの夢の意味が分かりました。
かつて、鄭明生先生から、
“夢で自分と戦い、争う者は「自分が現実で行えなかったこと」を意味する”
と、そのように、教えてくださったことがありました。
だから、「1時に起きて祈ることを神様に約束していたけど、それを行えなかったのだな」とまず気付きました。
また、夢の中で、イノシシが出現し始めたのが「午前2時」だったことから、
このまま祈らずに寝れば、
神様から見た時に、僕がやるべき実践をできずに一日を過ごしてしまうことになるのだな、と分かりました。
そのように神様の意図を解くことができたので、
今日は遅れてしまったものの、すぐさま起きて、2時から祈るようにしました。
摂理に来て、鄭明析先生に会うまでは、象徴的な夢を解くことができなかったし、
そもそも、そういう夢が、神様のメッセージを表したものだったことも知りませんでした。
摂理で、夢に「意味」があることを知り、
そして夢を通して自分がすべきことを読み解くことができるというのを知るようになりました。
今日の夢については、<明け方の祈り>がすべきことだったんですが、
日によって、また別のメッセージを受け取ることがあります!
神様を信じる人は、世界中に多くいるものの、
このように、神様が自分自身に対して、リアルタイムで働きかけてくださっているのを“分かる”ことができるのは、やはり鄭明析先生から学べたからだと実感します。
神様が、実際にどのように働きかけてくださるのを分かるからこそ、
「神様を信じる」というより、「神様を分かる」という次元で信仰生活を送ることができます。
だから、毎日、本当にエキサイティングで楽しいです!
今日も、夢を通して神様の働きを分かり、自分の実践に移すことができたことに、感謝したいと思います!^^
投稿者プロフィール
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大学院生。弁護士を目指して勉強中です。
最近のマイブームは、アロマ。大阪在住。
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