作ったのに使えなかった サッカー大会の雪辱

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摂理のサッカー大会がありました。

私は本大会に向けて、1か月近くの間、シュート練習をほぼ毎日してきました。

摂理でサッカーを始めて5年以上が経ちますがなぜかインステップキックが上手くできないのです。

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だから、強いシュートもなかなか打てずにゴール前ではもどかしい思いをたくさんしてきました。

今年のサッカー大会は学生生活最後の大会でもあったので、しっかり準備しようと思って練習して臨みました。

練習の成果も出ているのは自分でも感じており、ボール持ちもよくなり、パスも次元が上がっているのを感じました。

左サイドハーフをやらせて頂いたのですが、ゴール前まで走っていった時、味方から絶妙なパスが私の足元に来ました。

ゴール近辺には相手のキーパーとフリーの教会指導者と私。

「よし、ここで練習の成果を見せる時だ!」

と思いシュートを打とうと思ったのですが、瞬間、考えが変わりパスをしようとしました。

しかし、体が言うことを聞かずに身体がゴールに向いていてパスも出せず、シュートも中途半端になりました。

結局、相手のキーパーに取られてしまい、絶好のチャンスを逃してしまいました。

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せっかく、シュート練習をしてきて技術を作ってきたのに、使うことができなかったのです。

 

残念!

このように、今まで自分が作ったことがあるのに使わなくて無用になっているものがないのか振り返るようになりました。

作ってきたもの、全てを神様のために使っていきたいです。

 

 

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存在しても作らなければ、無用のものだ。

作っても存在どおりに使わなければ、やはり無用のものだ。

 

鄭明析牧師の明け方の御言葉より

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