ミスを通して成功を悟る

日々思うこと

 

最近、

ミスったなぁ~!

と思うことが多いYUNOです

 

普段の生活の中で、失敗してしまうことは大小あると思うのですが、

そんな僕たちを神様はどのように見てらっしゃるのでしょうか?

 

神様を信じても、神様は助けてくださらない…のか??

 

今日は、「ミスと神様の働き」をテーマにお話ししていこうと思います。

 

 

 <失敗すること>の重要性

 

失敗体験の価値性は、すでに多くの偉人たちによって語られているところだと思います。

世の中的にも「失敗は成功の基」といったりするし、

有名な起業家・イーロンマスクも「失敗なんてひとつの選択肢にすぎない。失敗することがなかったら、どうしてイノベーションを起こせるだろう。」等々、失敗から学ぶことの重要性を語っています。

 

<成功>するためには、<失敗>から学ばなくてはならない、

このことは、過去の偉大な成功を成し遂げたと言われる人々から共通して汲み取ることのできる「真理」といえるでしょうね。

 

 

 

 神様を信じているのに…

 

とはいえ、私たちは、実際に「失敗」した瞬間、そのように考えられているでしょうか。

頭でわかっていても、実際の場面では、肯定的に捉えられないことの方が多いのではないでしょうか??

 

そういう場合に、神様を信じていない人は、

「神様はいるなら、どうして自分を助けてくれないのか…?」「神様は不平等だ」

と言ったりするし、

 

神様を信じてる私たちでも、

「神様に試みられているのか…?」「一体どういう御心なんだ…つらい」

と言ったりします。

 

良い結果が出た時は、「自分が頑張ったから」「自分の実力」と思うのですが、

悪い結果が出た時に、それを神様のせいにしてしまう。これは、人間の悪い性格ですよね。

 

そのように考えがちな人間ですが、

しかしながら、私たちの失敗の大半は、「神様のせい」ではありません!

ほとんどの失敗やミスは、「自分がすべきことをできなかった」ことに起因します。

 

 

 相対予定 --自分が行う責任

 

神様は、<全知全能>の存在であり、自ら絶対的に存在する神です。

しかし、世の中のあらゆる事象を「運命」として、あらかじめ決定しているわけではありません。

 

あらかじめ絶対的に成されるように計画しておいた「絶対予定」もありますが(人間の肉体は生まれたら必ず死を迎えることなど)、

ほとんどは、私たち人間が自ら行う責任を果たした時に成されるように計画しておいた「相対予定」です。

神様は、人間をロボットのように機械的に動く存在として創造したのではなく、

人間の自由意思を与え、その自由意思で自ら神様を愛するように創造なさいました。

だから、僕たちの人生の中でなされる多くのことは、神様と共に自分が行うことによってなされる「相対予定」です。

 

つまり、「神様が、僕たちに失敗させる」ということはほとんどありません。

むしろ、自分が、前もって準備できず、やるべき時にちゃんとできなかったために、ミスや失敗をしてしまうのです。

 

“神様のせいで、僕たちが失敗するわけではない”

このことは、神様という存在を知る上においても、僕たちが自分の人生を主体的に歩んでいく上でもとても重要なことです。

 

 失敗が成功に導く

 

しかし、神様は、私たちが自分の責任を果たせなくて、失敗した場合に、

ただ見守っているわけではありません。

 

<小さいミス>を通して<大きいミスをするところ>を前もって悟って、知恵をもって行なうことだ。
<ミス>を通して<成功>を悟りなさい。 (鄭明析先生の言葉)

 

このように、神様は、私たちの<ミス>を通して、「これと同じくこうだ」と、

もっと大きなミスを避けるための方法を教えてくださいます。

 

だから、<失敗>した時も、落胆してしまったり、神様を恨んだり、神様を誤解したりするのではなく、

「神様、このミスからどんな成功の秘訣を悟れますか!?」

と神様が教えてくださろうとする知恵を受けなくてはなりません!

 

何か、ミスした時、失敗してしまった時、

「このミスを通して、大きな成功を悟ろう!」

と肯定的に考えを転換してみてください!!

 

 

投稿者プロフィール

yuno
大学院生。弁護士を目指して勉強中です。
最近のマイブームは、アロマ。大阪在住。