プロビデンスの目

プロビデンスの目(プロビデンスのめ、英: Eye of Providence)とは、目が描かれたキリスト教における意匠。プロビデンスはキリスト教の摂理という意味で、神の全能の目(英: all-seeing eye of God)を意味する。光背や、三位一体の象徴である三角形としばしば組み合わせて用いられる。
Wik参照
プロビデンス=摂理
だから、摂理の話するのかと思いきや全く関係ありません。
プロビデンスの目=真実の目
どうですか皆さん、真実な目は開かれていますか?
新聞やニュースなど、メディア、マスコミの情報の嘘についてたびたび日本でも問題視されることがあります。
またインターネット媒体の普及により、誰もが情報を発信できる世の中だからこそ、見極める目が欲しい時代です。
そもそも、なぜ間違った情報が流れて拡散され当たり前の情報のようになっているのでしょうか?
「真実が靴を履いている間に、嘘は地球を半周する」
作家、マーク・トウェイン
ここ10年ほどの間、全世界規模のほとんどのメディアというのは、自分たちの足で情報を集める組織を持つ、いくつかの代表的な新聞、そして様々なネットワークから成り立っています。
情報が速さと共にあふれかえっている、現在の状況がつくり出してしまったのは、「情報を堂々巡りさせてしまう」という情報発信の形です。
仮に、Aという出版社が間違った情報を載せてしまったとしましょう。それをBという出版社がその間違った情報の記事を再販したとします。
そうすると、今度はその記事の情報源はA社ではなく、B社が新たな発信源となります。そして、真実がうやむやのままB社からの間違った情報が拡散されてしまいます。
様々な出版社が同時に間違いに気付かないまま誤った報道をしていて、後に第三者の真実の暴露によって間違いが発覚するという現象が起こるのも、そのためです。
信憑性のない記事が事実として拡散されるケースが多い
また、ウィキペディアのような、利用者によって作られたコンテンツも情報を堂々巡りさせることに一役買っています。
手早く情報収集をするために私たちがそのようなコンテンツに頼れば頼るほど、事実が証明されていないウィキペディアの情報を反映させてしまい、情報の堂々巡りが起こるのです。
そうなると、ますます物事を真実から遠ざけてしまうのです。
最近の情報伝達テクノロジーは、情報と人々の垣根を取っ払うことに成功したと言えます。
しかし、「とにかく速く答えを見つけたい」という願いは、確かなものを見極める目を曇らせてしまいます。
このまま偏った考え方が世界中の何十億もの人々の間にあっという間に広まったら、大変なことになるでしょう。
真実に靴を履かすために、真実を追い求めることです。
イエスは彼に言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。
ヨハネ 14:6
日常で耳にする些細なニュースに多少の間違えがあったとしても「そうだったんだ~」ってすませれるけど、もし自分の生きる道を委ねる時その情報(考え、教え、思想)が間違ってましたじゃたまったもんじゃないよね。
よく学び、よく遊べ
投稿者プロフィール
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IT大学2年生
なんか神戸から広島に行けば摂理に出逢っちゃった笑
スラックライン、マジックなど大道芸もお手の物
普通だけど、映像、カメラと料理も好きです。