我が生涯に一片の悔いなし‼︎ byラオウ 8日だけの人生でも同じ気持ちでいたい
おはこんばにちは、中間テスト期間真っ只、学校の図書館で自習していると「ミーン・ミーン」と聞き覚えのある奴の声が、、、
昨日の記事にこの雨が明ければ梅雨が明けだと言ってましたか、セミも鳴き始めて本当に夏が目の前に迫ってきてましたね。
セミの鳴き声を聞きいてると「もし自分の寿命が8日だったらどうしよう?」ってふと脳裏に浮かび考えてました。
「寿命が8日」っていうのはちょっと違うか 土の中で7〜8年の鍛錬を経て「死ぬ間際の8日」って考えましょうか
そう考えてみると7〜8年の鍛錬の期間ってちょー重要だなぁ やっぱり御言葉は聞いときたいですよね。
地上に出てきてからじゃ、、、
セミA:「御言葉聞いてる?」
セミB:「御言葉って何?」
セミA:「真理の言葉だよー」
セミB:「そんなのあるんだー学びたーい、教えて」
セミA:「んじゃまず初めにBiblestudyを30個聞いてもらおうか」
セミB:「学んでるうちに死んでまうわー」
ってなちゃったら最悪だもんなぁ
自分は10代のうちに摂理に出会って導かれたことは最高の祝福だと思っていて、若い時に摂理に来ることが本当に価値があると思ってます。
10代って普通に世間から見ても完成してないじゃないですか、それを自分もわかってるんですよ
「俺はまだ不完全だなぁ」って
でも年を重ねて重ねて過ぎてしまうと生きてきた年月だけを見て「完成」したって勘違いしがちなんですよ。
考えが凝り固まっちゃうと僕たちの声が届かないんだろうな
だから「足りない」って感じてる10代の時に摂理人に出会いたいですよね。「足りない」ってわかってたら補うために「求め」ますから
そして、、、
7〜8年間の信仰生活を経て地上に出て8日の自由を与えられた時に「神様の考え」で生活できるでしょうか?笑
僕自身自身がないです笑 そもそも一年すら摂理で過ごしてないから7年後の感覚なんてわからないんですが。
今、人間として生活していても神様の考えと違うことしてるしなぁ
<人間の心>は「葦」のように、よく曲がり、揺れる。
明け方の箴言
アーメン
しっかり実践して言葉だけじゃない堅い絶対信仰と絶対愛を持ちたい。
夏といえば「激辛つけ麺」
投稿者プロフィール
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IT大学2年生
なんか神戸から広島に行けば摂理に出逢っちゃった笑
スラックライン、マジックなど大道芸もお手の物
普通だけど、映像、カメラと料理も好きです。