大学には休まず行ってる?

Q&A

大学の授業には休まず行っていますか?

大阪 大学院Yunoの場合

大学の授業は、病気や旅行等を除くと、
毎回ちゃんと出席しました。
現在は、大学院に通っていますが、
もちろん授業には行っています。

大学時代を振り返ってみましたが、、
大学の講義形式の授業って、
たいてい面白くないですよね?(笑)

自分の周りには、授業中に寝たり、
スマホゲームをしている人も多かったです。

特に1・2年次の講義は、テーマを広く浅く取り扱うので、
その学問の醍醐味に触れる前に15回の講義が終わってしまいます。
興味のないテーマを扱う授業だと
モチベーションの維持が非常に困難です(笑)

しかし、
僕は、“摂理にいること”によって
勉強のモチベーションを持つことができたと考えています。

僕は、摂理の御言葉を聞いて、
「自分自分を成長させることができたな!」と確信していたので、
今度は、“自分の良い姿を通して、御言葉の良さを証明したい”と思うようになり、
その結果、学業面でも良い成績を残そうと努力することができました。

口では「摂理の御言葉で自分は変わった!」と言いつつ、
授業には出ず成績も悪かったら、全然かっこよくないですよね。
他人から「本当にその御言葉って良いもの?」と疑問を持たれても仕方がありません。

そういう誤解を受けないためにも、
勉強もしっかりやろうと心に決めていました。

また、僕のそういう姿勢を、摂理の教会の人たちはとても肯定的に支持してくれました。
「大学のテストも重要だから頑張って!」といつも励ましてくれたし、
祈ってもくれました。

摂理の教会に通っているからといって、
勉学に支障を来す程、何かの活動を強要されることはありません。

教会活動は、水曜礼拝(水曜夜)と主日礼拝(日曜午前)が基本です。
その他は、+αで御言葉を聞く有志の集まりがあったり、
摂理のメンバー同士でスポーツや食事をしたりするくらいです。

サークルに週4,5回行っている大学生って結構多いですが、
その人たちよりも断然、自分の時間を持つことができているように思えます。

また、忙しい時には、教会の先輩が
自分のスケジュール管理の相談に親身に乗ってくださったので、
勉学と御言葉を聞くことを両立することができました。

他にも、“摂理に来た”ことで、モチベーションとなった要因があります。

摂理には「主と共に最後まで」という哲学があるのですが、
この言葉が、テスト前の僕を力付けてくれました。
これは「最後まで諦めず、キリストと共に行なう」という意味ですが、
この言葉を話してくださった鄭明析牧師が、その言葉どおり、
何事も諦めない姿をいつも見せてくださいました。
御言葉を伝えて、自ら実践する鄭明析牧師の姿を見ながら、
僕も諦めそうな時に心を強くし
「最後まで」勉強することができましたね。

そのように、大学の勉強をやっていましたが、
3年生後期には、卒業要件を満たす程度の単位を取り終えることができました。

また、大学4年生の時には、
大学の学部パンフレットに載せてもらうという、という貴重な経験もさせてもらえました。
僕も依頼が来たときはとても驚いたのですが、
ゼミの教授が僕を推薦してくださったようでした。

神様は自分の努力をいつも見てくださっているなと、
改めて実感した出来事でしたね。

 

広島 大学二年 コウの場合

大学は休まずに行ってます。楽しいしねー
まぁ楽しいって言っても授業じゃなく友達がいるしね。
興味のある授業はしっかり受けて特に興味のない授業は寝てることも多いいかなぁ、眠たくなかったら聖書よんでますね。
摂理だから優等生ってこともないですからね。(笑)
普通の学生と変わりませんよ
勉強嫌いだし

でも摂理のメンバーであることはプラスですね
その理由はメンバー同士でスポーツや食事をすることもあるので
朝スポーツやってからの学校は気持ちがいい
それに同じ大学の先輩もいるので大学でうまくやる方法も知れるし
尚且つ時間を無駄にしなくなった。

そんなこと言いながら毎回テストは「一夜漬け」ですが(笑)
普午後からの授業とかなら起きるのは12時とかになると思うんですが
スポーツがあれば朝起きてその日の生活が始まるのでダラダラ過ごすことが無くなりましたね。

全く御言葉に関して触れてませんが「生活の中で実践してます」なんて言ったところでね~
「そんなの知らねぇ~よ」って話ですよね(笑)

 

筑波大 hanaの場合

今、大学院生なのですが、授業はほぼないんですよね。
でも、あった頃はちゃんと行っていました。
授業があったことを忘れて1、2回行かなかったこともありました。

 

大学生の頃は、摂理に来る前は、正直、いいかんじにサボっていました。
なぜなら、授業がつまらなかったからです。
楽しいことを探してそこに時間を投資していました。

 

でも、せっかく授業料を払っていたので授業は出るべきだったとおもいます。
摂理に来てからも、これまでの体質が直らず、若干サボったことはありましたが、
授業を通して、神様がなにかおっしゃりたいことがあるかもしれない。
と肯定的に考えるようにはなり、授業への意識は変わりました。

 

早稲田大学 さらの場合

行ってますよ~めちゃくちゃノートとってます!!読み返すかどうかは知りませんが。(笑)

 

岡山 大学生 ふたば

休まずに行っています。でも、一時間目の授業に何度か遅れてしまうことがありました、、

 

岡山 大学OG めぐみの場合

摂理に来る前も摂理に来てからも
学校には基本的に行ってましたー
たまに寝坊することはありましたがww
建築学生ということもあったので
課題終わらなくて休みの日まで行ってましたからねw
日曜は礼拝後に速攻で学校に行って課題してました~
休むどころか、普通の人より学校行ってと思いますw

 

OG RIKKAの場合

私は学校があまり好きではありませんでした(笑)
大学の友達と一緒によく授業をさぼっていました。
単位取得ギリギリまで休むことはしょっちゅうでした。

 

大学に入ったら、学校に行かなくてもいいと思い込んでいた私の大きなミスですw
なので摂理どうこうと関係ありません。

 

学校を休ませられるどころか、自分が当時所属していた教会の牧師さんに
「学校行ったほうがいいよー」
「勉強も頑張ろうよ」
と幾度となく促され、学校の宿題を手伝ってもらったという
なんとも迷惑な人でしたw

 

他の摂理メンバー、特に国公立の大学に通う人は授業を休む姿を見たことが殆どありませんでした。

 

OB TAGAの場合

僕は勉強が大好きでした。
入学した後も、大学一年生から研究室に入らせてもらっていました。

 

研究室で教授に期待されながら勉強を頑張ることができました。

 

学校、そして研究室に行く日々を繰り返していたので
学校を休んだことはありません。

 

摂理に来る前は、飲み会も激しく
急性アルコール中毒で何度も救急車で運ばれていました。

なので摂理に来てからのほうが真面目に学校に行っているのではと思います。

 

摂理に来て家に帰るのが遅くなりましたか?勉強する時間は減りましたか?

大阪 大学院Yunoの場合

摂理に来てから、帰宅するのは早くなったと思います。
学部生時代には、23時には寝ていました。
ロースクールに通っている現在は、夜遅くまで勉強せざるを得ない状況がしばしば訪れますが、それでもそういう事情がない限り、23時には寝ています。

早く寝ることによって、早起き体質が身につきましたね。

少し紹介しておくと、
摂理では、早朝に「祈り」をして一日を始める習慣があります。
早朝に「昨日までの自分はどう生きられていたか」「今日一日何を実践するか」などを
祈りながら整理し、
そして神様の前で決心した上で、その日一日を始めます。

神様に祈りながら自分自身の問題を整理することができますし、
祈る中でインスピレーションを受け、良いアイデアが思い浮かぶことも多くて、
早朝の祈りはとても有意義です。

摂理に来てからは、このように早朝の祈りをして一日を始めるようになったので、
早寝早起きの体質がつきました。

大学2年生のはじめくらいから、早朝祈りが習慣化しましたが、
その祈りが終わってから大学に行くまでの時間(約2時間)は、
第二外国語などを勉強する時間に充てていました。
気付けば、「朝活」を実践していましたね(笑)

学部生時代、
普段の勉強は家ではやらず、大学の図書館でやっていました。

なので、日中は、授業を受けたり、空きコマで自習するなどし、
夜は早めに帰宅して、リフレッシュし
また翌朝、早くから一日をスタートする、
というメリハリのある生活習慣を作れていました。

我ながら出来すぎた生活リズムですね(笑)
大学2年生の時に、家族にそのことを話すと
えらく感心されたのを覚えています(笑)

現在も、早朝に祈り、その後に勉強をするリズムはキープしています。

摂理に来てからは、お酒も飲まくなったので、
夜に飲み会等に足を運ぶこともほぼなく、
生活リズムが乱れるということもないですね。

 

広島 大学二年 コウの場合

高校生じゃあるまいし大学生なんて何時に帰ってこようと一緒でしょ
自己管理

普通に摂理メンバーじゃない友達と飯も行くし友達の家でオールすることもあるしね

そもそもテスト前しか勉強せんから分からん
増えてもないし減ってもないと思う
でもGPAは4.5以上あるんで(笑)お見知りおきを

 

筑波大 hanaの場合

摂理に来る前は、友達の家で食い飲みし、
仮眠し、朝6時頃にやっと帰るという堕落した生活を送っていました。
摂理に来た後は、明け方に起きて祈るので、22時には寝るようになりました。
家に帰るのが遅くなったら、寝られないので早く帰るようになりました。
あと、摂理来る前も後も勉強なんかしてないです。

 

早稲田大学 さらの場合

家に遅く帰る日が増えはしましたが、友達と夜ごはん行った時のほうが帰りが遅い気がします…(笑)勉強する時間もそんなに変わっていないかな~普段からがっつり勉強しているわけではないですけど、試験期間は普通に試験勉強優先しますし…摂理に来たから勉強量がかわった、とかそういうのは特にないですね!

 

岡山 大学生 ふたば

帰るのは遅くなったと思います。とても遅くなってしまったときは22:00に家に着くことも。。でも、早く帰ろうと思えば全然早く帰れるので、家族と一緒に過ごす時間も大切と考え、最近はなるべく早く(18:00)に帰るようにしてます。
摂理に来る前は、学校が終わってからすぐ帰宅して、夕方にはすでに家にいることが多かったです。でも勉強は、帰ってずっとしていたかと言われればそうではないので、勉強時間は以前より少し減ったくらいだと思います。

 

岡山 大学OG めぐみの場合

時間は減りましたか?
摂理に来る前は、友達の家にお泊り週1でしたり
夜遊びして帰っていたので
まあーまぁー遅かったですww
宅呑みとかしたらあっという間に時間過ぎますからね~

摂理に来てお酒も飲まなくなったので夜遊びしなくなりました!
だから学校で課題をやって終電とかはありましたが
お酒飲んで終電とかは全くなくなりましたww

勉強する時間はあまり摂理前、摂理後変わってない気はしますが
もう少し勉強しとけば良かったかなって思います~
だから教会の大学生の子達には勉強してるか?課題できてるか?ってよく聞いて勉強させてます(笑)

 

OB TAGAの場合

勉強する時間は減りましたが、祈りながら集中して勉強をすることができるようになりました。
短い時間でも集中できることはとてもありがたいことです。

 

Yunoさんも書いてますが、明け方にお祈りをすると一日の生活リズムが整うので、特別毎日遅くなったということはありませんでした。

 

摂理に来る前と後で、成績に変動はありましたか?

大阪 大学院Yunoの場合

僕が摂理の教会に通うようになったのは、大学1年生の頃からですので、
残念ながら、御言葉を聞き始めたBeforeとAfterでの成績比較はできません。

もっとも、 “もし摂理に来ていなかったら”、
成績はどうだったでしょうか。

この点、正直なところをいうと、
成績は、
摂理に来てなかった場合の方がよかったのではないか、
と思います。

僕は、もともと勉強は嫌いではなかったですし、
自分の性格としても、目標を定めたらそれに打ち込むタイプです。
そのため、仮に “摂理に来ていなくて”、
1年生の頃からGPA向上を目標に力を注いでいれば、
今よりもっといい成績をとれたんじゃないのかな、と思うのです。

じゃあ、摂理に来たことを後悔しているか?
そういわれると、答えは
【NO!】
です。

確かに、成績だけを見ると、摂理に来なかった方が良くなっていたかもしれません。
しかし、摂理に来たことによって、視野や考え方が広がり、
その結果、自分の進路についても明確な意思を持つことができました。

摂理に来る前の自分自身を振り返ってみると、
自分の意志はもっているけれども『頑固』で、
柔軟性に欠けていました。
また、他人の良いところを学び、
それを吸収しようとする姿勢も低かったです。
(「自分の道は自分で見つけるものだ!」と頑なに思ってた笑)
そのため、『自分なり』の努力はできたかもしれませんが、
方向性を間違っていても修正できず、
「頑固」で、小さい考えしかできない人間で終わっていたと思います。

摂理に来て、御言葉を学ぶ中で、
自分の短所に真剣に向き合う必要性を感じ、
自分に足りない部分を積極的に学ぶようになりました。
また、自分の長所もはっきり分かったので、
自分に自信を持って他人と接することができるようになりました。

摂理に来て最も大きかったのは、
「なぜ自分が生きるのか?」という人生の答えを見つけられたことにありますが、
それを差し引いて、勉学面・進路面だけにフォーカスをあてて考えてみても
“摂理に来た方が”自分の将来の可能性を広げることができてよかったと感じます。

また、“摂理に来た“僕ではありますが、
前述のとおり、成績も中の上くらいは取れましたので、
成績がネックで何かに支障を来すということはありませんでした。

 

広島 大学二年 コウの場合

まぁ今も摂理にいるってことは成績も落ちてないってことじゃない
そもそも信仰を持ってる持ってないが成績に関係ないし
できるやつはできるし、できない奴はできないよ。

結局できなかっていちゃもんつけるのは言い訳でしょ最近はやりの合理化
乙ポン

 

筑波大 hanaの場合

わたしは芸術系の学部なので、レポートや発表よりも、制作した作品で評価をしてもらう形式です。
摂理に来る前も、そんなに悪い成績じゃなかったので、そこまでの変動はないと思います。
成績以外で異なる点があるとしたら、
摂理に来る前は、やる気がないため、うまく抜け道を探すやり方でしたが、
摂理に来た後は、やる気を持って、作品を完成させようとしていました。
なので、摂理に来てからのほうが楽しかったです。
御言葉を聞き始めてから、神様と一緒に行うことに挑戦して作った作品があったのですが、
その作品はクラスで唯一、担当の先生(超絶きびしい)にほめられました。
神様が共にしてくださっていると感じました。
あと、摂理の礼拝にデビューしてから一発目くらいに作った作品が展示に選ばれました。
本当は、他の人が選ばれる予定でしたが、その人が留学に行くため私の作品になりました。
めちゃめちゃがんばったけれど、大学の先生にめちゃめちゃ指摘された作品だったから、
神様ってわたしのこと見てくださってるんだ!とおもいました。

 

早稲田大学 さらの場合

元々、満足感とか達成感のために目標を高く設定して勉強するタイプだったので、めちゃくちゃ成績が良くなったとかはないですね~。少なくとも悪くはなっていないです! あ、「勉強時間がいつもより少ないのに、想像以上の成績が来た」とかいうことはけっこう増えました!お祈り効果です(笑)(これがね、本当なんですよ。こういう経験が実際にある人は「わかるわかるww」ってなると思います。笑

 

岡山 大学生 ふたば

勉強量が増えたということはないので、そんなに変動してはいませんが、御言葉を教えてもらったら よりよく変化することを周りに知ってもらいたいという思いで、時間はあまり投資していなかったけどちょっと頑張った時に、成績の評価が少し上がりました。

 

岡山 大学OG めぐみの場合

摂理に来てからほぼA判定になりました!
祈って神様にどうしたら良いか聞きながらやっいたので早くできたって思ってます!
レポートが終わらないって時は、拠点(摂理の人たちがルームシェアしてる家)に行って祈ってそこでレポートさせてもらっていました!!

レポートに御言葉とか混ぜて書いたりもしてましたwww
そしたら、やっぱいい言葉だから評価高いんですよwww

あとデザイン系ということもあったので
御言葉や祈ることでインスピレーション受けて
課題することができましたね~

卒業制作は学校の建築学生の中で2位
県でも2位になりました~☆彡

 

OB TAGAの場合

僕は大学院を卒業するまで、ある年を除き、成績優秀者 特待生でした。
授業料は半額免除されました。
卒業時には首席で卒業することができました。

 

「ある年を除き、成績優秀者 特待生」
ある年とは、摂理に来る前の大学一年生の時です。
摂理に来てから、勉強する時間は少し減ったものの、集中して勉強することができたので
成績優秀でいられたのだとおもいます。

 

摂理に来る前と後で、勉強をして感じることの違いがありましたか?

大阪 大学院Yunoの場合

僕は、現在ロースクール(法科大学院)に通いながら、勉強漬けの毎日を過ごしています。
具体的には、一日11時間~13時間を毎日続けるといった生活です。

こういう勉強生活を送る中で、
明らかに「摂理に来て自分が変化した」と思う部分が見えてきました。
高校3年生の大学受験前も12時間勉強していましたが、
その時と比較して、自分が成長したなと思うことを以下の3つの観点から話してみたいと思います。

①感謝できるようになったこと
まず、自分が「勉強」することができることに対して、感謝できるようになりました。

・現在も仕送りをしてくれている親に対しての感謝
・恵まれた教育環境にいられることの感謝
・進路について祈り、神様から答えをもらった上で、勉強に打ち込めることの感謝
・自分のやりたい目標に向かって努力できる機会があること自体に感謝
など、本当に神様に感謝すべきことが多いなと感じます。

普通、一日12時間くらい勉強していると、
勉強以外のことについて考えが回らなくなり、
だんだんと視野が狭くなっていきます。
それによって、「今、自分が大変なこと」だけしか見えなくなり、
自分の境遇に感謝したり、自分が幸せだと感じて生きることが難しくなります。
これは、誰にでも起こる現象だと思います。

僕は、摂理に来て「神様」が存在することを知り、
そして「神様」が自分の人生を、愛で導いてくださっているのを感じるようになりました。
そのため、「大変なこと」「不安に思うこと」が目の前に積み重なっていても、
「神様」に感謝することは忘れませんし、
また、「勉強できる機会が与えられているのが本当に幸せなことだ」といつも考えています。
いつも、感謝できるからこそ、
勉強のストレスにも打ち勝てるし、
大変な勉強生活も、甲斐を感じながら送れていると思います。

こういう心の持ち方ができると、
自分自身も楽ですし、
他人にも余裕を持って、広い心で接することができるので
対人関係も良好に保てていますね。

②時間の使い方
摂理の御言葉には、『すべき時にすべきことをする』という話があります。
『機会は時と共に来て、過ぎ去る』、そのような御言葉も摂理で学びました。

この御言葉を実生活の中で実践する中で
「やなくちゃいけないけど、でもな~」という言い訳をしなくなりましたね。
大きなことも小さなことも、『やるべき時にやる』という哲学と習慣が身についたので、
「すべきことがたくさんあってパンクする」ということもないです。

現在は、ロースクールの勉強に加え、法律事務所のインターン(≒就職活動)もしなくてはならない状況ですが、
そういう忙しい状況に立たされた時こそ、
御言葉で自分が変化したことを、より一層強く感じます。

③勉強法
僕が好きな御言葉の中に、
『ちゃんとしてこそ、ちゃんとできる』という話があります。

『ちゃんと行う』=やるべきことを100%やり切る、
そして、行なった通りにその結果が出てくるという教えです。

僕は、弁護士になるために法律を学んでいるのですが、
法律を学ぶ上で、『ちゃんとやる』ことってとても重要なんです。

なぜかというと、
法律学は、解釈論が多く、その都度、考える力が必要とされます。
一つ一つの議論を理解する労力が大きいのに、
その上、司法試験の科目となる法律は8つもあり、膨大な勉強量が要求されます。
(具体的には、1通り勉強し終わるのに1年かかります)
そのため、真っ向から暗記しようとしたら、手に負えないのです。

こういう事情から、司法試験受験生の中でも
「予備校の論証を丸暗記しようとする人」と
「なぜそういう論証になるかを理解して、自分で論証を再現できるようになる人」とで
とても大きな差が生まれます。

僕はもともと深く理論を探求するのは苦手で、
「実益がある部分だけはっきりさせられたらいいんじゃない?」という、
比較的おおざっぱなタイプでした。

そのため、法律学は本来あまり向いていなくて(笑)、
一つ一つの議論を突き詰めて正確に理解するのが苦手でした。

しかし、摂理で『ちゃんとやってこそ、ちゃんとできる』と学び実践する中で、
理解に時間が少しかかったとしても、
自分が議論を再現できる程度に理解しようと努力するようになりました。

『ちゃんとやること』は遠回りのように思えますが、
自分の中で一つ一つの法律概念が明確となり、理論体系が整理されていると、
基本的な問題で間違えることはなくなり、
その上、応用的な未知の議論にも対応することができます。

『ちゃんとやること』、
当たり前の話のようですが、
実は多くの人ができていない、とても大事なことです。

自分の思考のクセ、これは直すのは簡単なことではありませんし、
そもそも、間違ったクセがあること自体に気付けない場合も多いです。

しかし、摂理で御言葉を聞きながら、いつも自分を省み、
もっと自分が成長できるように日頃から意識していたからこそ、
勉強面においても正しい方法に修正できたのだと思います

以上の①~③のように、
摂理の教会に通いながら御言葉を実践する中で、
勉強面にプラスになったことはたくさんあります。

摂理の御言葉は、
「ある特定の宗教思想」にとどまるものではなく、
実生活に様々な場面にも適用できる“真理”だと、
御言葉を実践してきた僕は強く感じています。

 

広島 大学二年 コウの場合

ないねー(勉強しないもん)

摂理関係ないけど日本の大学は本当に遅れてるってことに気づいた
だから海外に行きます。

 

筑波大 hanaの場合

摂理来る前:わりざん?なにそれたべれるの?
摂理来た後:分散分析おいしい!

 

早稲田大学 さらの場合

摂理で聖書を学んでいくと、世界の回る仕組みとか、道理がわかってくるんですけど、それが見事に学問分野にあてはまることがよくあるんですよね。(よく、っていうか本当は学問や科学技術も神様が人間に与えてくださった知恵なので、「よく」じゃなくて「ぜんぶ」っていうのが正しいですが…!笑)そうすると、勉強をしたり授業を聞いたりしながら、「面白い!」って感じる度が高くなります(笑)

 

岡山 大学生 ふたば

授業を受けるとき、神様が授業を通して知恵を与えてくださっていることに感謝するようになりました。あと、勉強する目的が、ただ自分の為だけにすることではなくなったで、大変だと感じでも頑張って取り組もうという思いが増したと思います。

 

岡山 大学OG めぐみの場合

時間を効率的に使うようにはなりましたね~
あとは、「最後まで」これ鄭明析牧師の生き方から感じることなのですが、できないことも最後まで実践されてできるようになられてきました。
その精神を私は学んだので、勉強も「最後まで」って思ってテストとか課題とか諦めずにやっていました^^
御言葉で沢山教育して下さって、その事を勉強でも実践できるので楽しかったですね^^

 

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