なにを信じて生きていくのか ー真理の選択ー

日々思うこと

ふとおとといあたりに先生のお弟子さんがぽろっと”引き寄せの法則”に関して話していた。

前に偶然僕はその”引き寄せの法則”なるものをネットで見かけて少し調べたことがあったので「あぁその話ね」となった。

いや、それがどうとか言ってたわけではないし、僕もそれに関してどうというつもりはないのだけれども…

 

物理をはじめ、科学は時々「現実離れした考え方」という見方をされることがある。

科学者というのは研究室にこもって何か一人で考えている人、というイメージから来るものもあるだろうし、

実際にその理論が現実とかけ離れているように思えるからそう思われることもあるだろう。

その中でも特に量子力学相対性理論は少しファンタジックというか、不思議な世界観をもたらすものという見方の人も少なくないはずだ。実際に色々な主張が今も飛び交っている。

例えば量子力学的な見方から出発してややスピリチュアル的な方向に論理を巡らす人もいて、その中に引き寄せの法則は分類できるのだと僕は思っている(それが真理かどうかは置いといて)。

 

僕はこういう風に色々思索をめぐらし、時には「こんな風に世界ができてたら面白いぞ(~~)φ」なんて妄想もしながら

あれこれ議論すること自体はいいと思っているし、実際楽しく、ロマンがある。

しかし実際に僕自身が量子力学や相対性理論を学んでみて思ったことは

世界を説明する理論はちゃんと地に足がついている

ということ、つまりちゃんと向き合ってみたらそこまでぶっ飛んでない、ということだ。

ここで言っておかなければいけないことはあくまでも僕はこれらを一通り学んでみて、それが確かにもっともらしい理論だと”信じた”から量子力学も相対性理論もまともな理論だと書いたのだ。

 

相対性理論はタイムマシンがどうだとか、4次元がどうとかいうけれども、結局のところ”時空”という「宇宙が存在するための舞台」はどういうものか、ということを話している。

量子力学では粒子が壁をすり抜けるだとか、生きているか死んでいるかわからないだとか言ってるけれども、核心としてはミクロな世界では何事も”確率的”にしか決まらない、ということだ。そしてこういったものがた〜くさん集まった時に統計的な性質が量子的な性質を覆って日常的な感覚の世界を作っている。

あくまでも物理は不思議なことをいって楽しむものではなく

この世界がどういう法則のもとで動いているのかを正確に説明する学問

であるということを忘れてはいけない。

 

そして僕が学問と一緒に先生の御言葉を学びながら思ったことがもう1つあって、

学問もまた宗教である

このことについてはまた改めて記事を書きたいと思っているが、この言葉の真意は

人は自分の信じたいように信じ、それを哲学にして生きていく

ということだ。

どんなに揺るがない証拠を突き立ててもその人が「信じない」といってしまったら

その人にとってはそれは”非真理”なのだ。地動説を主張したGalileoはそういう人との葛藤でとてももどかしかっただろう。

しかし国を運営するにはがいて、その王が宣布するがあってこそそのもとで民たちは秩序と自由を持って過ごせるように、

宇宙にも王のような、基軸になる揺るがぬ法則があることは間違いがなく、人はそれを真理と呼ぶ。宇宙だけでなく、万事そう。例えば人生の生き方とかも。

ただそれが自分の信じている哲学と一致しているかは別なのだが…

 

結局のところ人はそれぞれ自分なりの哲学を持って生きていくから、どうせならいい哲学を信じたいところ。

物理もそうだし、人生もそうなのだ。

 

※本記事の内容はこれと異なる意見を誹謗したりする内容ではありません。

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素粒子兄弟
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素粒子物理学を研究しています。
物理学を「面白い学問」で終わらせないこと、そこから「人生のなかで核心となる精神」を学んで生きることが僕の哲学です。

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